■リアル男子の憂鬱
それは終電に近い帰宅途中の電車内で起こりました。
この感覚は何だろう。柔らかいような、思ったより硬いような、ずっとこうしていたいような・・・。
頭の中で理性と不埒な心が闘いを始めた頃だった。
上空から声が降ってくる。
「つかまっていいですよ」
ボクの顔が真っ赤になる。
「す、すみません・・・。」
と絞り出すように言うのが精一杯だった。
(情けない)
小柄なボクには抵抗する術もチカラもなかったから・・・。
仕事帰りの乗換駅で準急に乗った。
ほぼ5分おきに都心から郊外に向かうクリーム色の動く箱の中は、ほろ酔いのサラリーマンや疲れたOL、大声で話しているにぎやかな学生などで8割ほどの混み具合だった。
ボクは到着駅で開くドア側に近づきたくてドア前のデッキ、横長のシート端近くに陣取った。ここならイザという時にはシート横の手すりに摑まることができる。
混み合った電車の中で小柄はほぼ無力だ。人に挟まれて身動きできないままカラダが宙に浮いてしまったり、息苦しくて冷や汗をかいたり、吊革につかまることさえ難儀なのだ。
周囲に異常者や変質者らしき人も見当たらない。
(これなら大丈夫)
ちっぽけな安心感を幸せに思っていると静かに電車は動き出した。
準急が止まる一つ目の駅で車内は一変した。
(なんだこの集団)
あっという間に満員電車に。送別会でもあったのだろう、数人のオヤジと花束を抱えた中年女性がおしゃべりしながら乗り込んでくる。
人の波に流されるまま身動きとれない状況の中、電車は再び走り出した。
安全地帯を陣取ったはずなのにオヤジのぶよぶよの尻にさらに腹を押される。
(オヤジそれ以上近づくんじゃねー(怒)
ボクの心の声が炸裂。
グーーうううっ
なおも電車の揺れに合わせてカラダを押される。
(勘弁してくれ)
思わず自分の体の向きを180度変えた。
その時だ。
「停止信号により急停車いたします。お立ちのお客様はおつかまりください」
というアナウンスと共に電車は急ブレーキによって大きく揺れた。
『むにゅ~』
なんだか柔らかい・・・。
んっ・・・お、おっぱい?!
これが事の始まりだった。
からだの向きを変えた先には
「デカっ!」
と思わず口に出してしまいそうな頭一つ分抜きに出た高身長の女性がそこに。
スポーツ選手だろうか?前向きに思考すればモデル体型。襟を立てて割と深めに胸を開いた真っ白なブラウスに紺色のタイトスカートという、デキるOLの象徴みたいな恰好をしていた。顔は恥ずかしくて見れなかったし、よく覚えていない。
とにかく、気付いたら満員になった乗客に押されてコントロールを失ったボクの体は、さながらホールインワンの打球のように寸分の狂いもなく大きな2つのふくらみの中心に吸い込まれた。
そう、ボクの身長はちょうど彼女の胸に顔が埋まるサイズだった(恥い)
直視できない。
両足にチカラを入れて寸止めを狙うも、ぼくの情けない体力ではどう抗おうと無駄だった。なんでこんなチビな体を背負ってしまったのだろう。自身の運命を恨まずにはいられない。
『むにゅっ・・・』って
とにかく恥ずかしい。が、こんな時でも男って動物は快楽が頭をよぎる。
場所がここでなかったら、きっと超ラッキー!神様ありがとう!と幸せな気分を満喫していたかもしれない。
やっぱり直視できない。でもボクは犯罪者じゃない。
せめて、男らしく謝ろう。とにかく謝ればきっとわかってもらえるはず。勇気を出すんだオレ。
「ご、ごめんなさい。わざとじゃ・・・」
言いかけた途中でボクの頭の上から言葉が降ってきた。
「つかまっていいですよ。」
「えっ、?」
(いま何と?マジかっ!なんて度量だ。懐が深いとはまさにこのこと。)
ボクの耳にはカノジ女がやさしくささやくように「つかまっていいよ❤」って聞こえてしまった。
惚れてまうだろ~~~!
とはいえ、相手は女性。どこにつかまればいいというのだろう。吊革につかまっている彼女の腕?細くしまった腰?このまま胸に支えてもらえばいいのか?
結局、人混みの中、身動きができない状態のままでお言葉に甘えることになるんだが・・・
それから次の駅までのしばらく間、嬉し恥ずかしの気まずい時間が流れ続ける。
心地よい電車の揺れがなおも時々、彼女の胸にボクの顔を押しつける。
(これは不可抗力。彼女の了解も得ている。問題ない。)
自分に言い聞かせながら、それでも踏ん張ろうと両脚に力を入れ続ける。
やっと次の駅に到着。
「お気をつけて」
彼女はそう言い残してホームに消えていった。ボクはお礼の言葉を述べることもできないわずかな時間だった。
客観的にオトコとしては屈辱的に情けない。普通は男が女性を守るものだと教育されてきたんだから。ボクの心は複雑だった。
普段の数十倍は体力的にもメンタルも消耗した帰路だった。
そして意外に硬いブラの質感だけが頬に残った。
これは、出会いがしらのおっぱい❤ボクに起きた貰い事故のようなものだ。
こんな事故なら、もう一度もらってもいいかな(笑)
懲りないね、男ってヤツは。